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東京高等裁判所 昭和55年(う)1350号 判決 1980年12月02日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人齋藤正義、同猿谷牧男、同林武一が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、被告人を懲役八月、執行猶予四年に処した原判決の量刑が不当に重い、というのである。

そこで調査するに、本件は、被告人が昭和五四年一〇月七日施行の衆議院議員総選挙に際し、Aが埼玉県第三区から立候補する決意を有することを知り、同人に当選を得させる目的で、(一)原判示第一の日時場所で右Aのため投票ならびに投票とりまとめ等の選挙運動をすることの報酬として、同候補者の選挙運動者であるBに対し、現金一万円を、同Cに対し、現金一万円を、それぞれ供与し、かつ、立候補届出前の選挙運動をし、(二)原判示第二の一の日時場所で、右Bに対し、同人から同選挙区の選挙人等に供与させるためボールペン八八本(価格合計三万八〇〇円相当)を交付し、原判示第二の二の日時場所で、右Cに対し、右同様の趣旨でボールペン五五本(価格合計一万九二五〇円相当)を交付し、原判示第二の三の日時場所で、右Aの選挙運動者であるDに対し、右同様の趣旨でE子及びF子を介しボールペン六〇本(価格合計二万一〇〇〇円相当)を交付し、かつ、それぞれ立候補届出前の選挙運動をした、という事案である。

ところで、所論は、被告人は、A'参議院議員の秘書Gからのボールペン交付を事前に知っていたわけではない、また、当日ボールペンの授受を知った以上、違反であるからとして制止すべきであったが、熱心な選挙運動者に水を差すような制止ができず、また、制止すれば、村八分を受けかねない事態も田舎では稀ではないので、右授受を黙認せざるを得ない事情があった、と主張する。

そこで検討するに、関係各証拠によれば、(1)被告人は、H町議会議員の選挙に立候補して当選した昭和五四年八月五日の前後にわたり、IやJ等から、近く予想される衆議院議員総選挙に立候補予定のAの応援方を依頼され、さらに、そのころから同月下旬ころにかけて、同候補者支持応援のため催された同町議会の同志議員等の会合に出席したり、同候補者に当選を得させる目的で、右J、Gから関係選挙人に投票依頼の趣旨で配るためのタオル合計二〇〇本余の交付を受け、前記C、D、Bに交付して関係選挙人に配らせ、さらに、右Gから、近く開催予定のH町地区のA後援会決起大会に参加者の動員方を依頼され、現金一〇〇〇円入り封筒三〇通を受け取り、昭和五四年八月三〇日開かれた前記後援会の役員会で同後援会副会長の一員に選ばれた帰途、原判示第一の各犯行に及び、昭和五四年九月一日開催の同後援会決起大会に出席した担当地区の選挙人等に対し、右B、C等を通じ、及び被告人みずから、前記現金入り封筒を合計九通手渡す等、積極的な事前選挙運動を続けて来たこと、(2)被告人は、昭和五四年九月一〇日開かれた同後援会の役員会に同町大字H地区の同後援会支部長に選ばれていた右BとCを伴って出席したが、閉会後同後援会長の前記Jから、「A'さんの方からボールペンが来ているから、各支部長は、帰りに人数を報告して持ち帰り、A'の暑中見舞といって配ってもらいたい。」旨、右村田からも「A'からだといって配ってくれ。」との旨いわれ、前記タオルの場合と同趣旨で関係選挙人に供与されるべきものであり、同候補者の父親名義を用いることが口実に過ぎないことも了知の上、ためらうことなく、みずから、Gに対し、「二〇〇本くれ。」と申し出て、ボールペンの分配をしていたG及びIから、二〇〇本を受け取り、さらに、「あと三本くれ。」と要求して、右Iから三本、合計二〇三本を受け取り、原判示第二の各犯行に及んだこと、以上の事実が認められる。

してみると、被告人は、右G等からボールペンの交付を受ける前、あらかじめ、右J及びGからボールペンの配付とその趣旨を知らされ、ボールペン授受が違法であることを認識しながら積極的にその交付を受けたことが明らかであり、反面、本件全証拠によっても、Gの前記各支部長等に対するボールペン授受が制止できなかったとも、右授受を黙認せざるを得なかったとも認めるに足りないから、右所論は、採用することができない。

以上のごとく、被告人がH町議会議員でありながら、前記後援会の副会長として、A派の買収事犯の一翼を分担し、選挙の公正を害した悪質な犯行を重ねたことにかんがみると、本件刑責は重いといわなければならない。

従って、本件買収金品の額が多大ではなかったこと、のちにボールペンの大半が回収されたこと、被告人は、犯行後H町議会議長に対し、議員の辞職を願い出たほか、犯行を自白し、原審では潔い態度を示し、改悛の情が顕著であること、従前町政に熱意を示し、家業にも精励していたこと、被告人には、昭和二二年物価統制令違反の罪により、昭和四〇年業務上過失傷害罪により、各罰金刑に処せられた以外には、格別な前科がないこと等、被告人に有利な事情をしん酌しても、被告人を懲役八月、四年間執行猶予(求刑懲役八月、公民権停止五年)に処した原判決の量刑は、やむを得ないところであって、不当に重いということはできない。

(なお、原判決が法令の適用において、判示第一の各所為につき、公職選挙法二二一条一項一号と記載した直後に「(懲役刑選択)」と、二三九条一号と記載した直後に「(禁錮刑選択)」と、判示第二の各所為につき、公職選挙法二二一条一項五号、一号と記載した直後に「(懲役刑選択)」と、二三九条一号と記載した直後に(「禁錮刑選択)」と、それぞれ記載したのは、原判示第一の各事実中、各選挙買収(供与)の点と各立候補届出前選挙運動の点とが、原判示第二の各事実中、各選挙買収(交付)の点と各立候補届出前選挙運動の点とが、それぞれ一所為数法の関係にあり、各刑法五四条一項前段、一〇条により、原判示第一の各罪については、それぞれ重い選挙買収(供与)罪の刑で、原判示第二の各罪については、それぞれ重い選挙買収(交付)罪の刑で処断すべく、次いで刑種(懲役刑)の選択をなすべきものであるから、科刑上一罪処理以前に刑種の選択をした点において、誤があるといわなければならないが、右各誤は、いずれも判決に影響を及ぼす程度のものとは認められない。)

論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 櫛淵理 門馬良夫)

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